ぐずにっき

生きづらさを減らすための脳内作戦会議&実践

うしまい 「報告10日目」

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私は放置林の間伐をするボランティア団体に所属している。え?あんたチェーンソー使える山ガールなの?と思った方、ノンノン私は切れません。端から見てるのとやるのでは大違い。やって怖さがよくわかる。
刃物がエンジンつけて回るんですから切れ味抜群で、使い方を誤ると100%凶器。足を切った話はよく聞く。枝打ち(枝を切る作業)でへとへとになるくらいだから伐倒なんて恐ろしい。
伐倒は倒す方向、風向きの読みを誤ると近くの木を傷つけたり、最悪周囲の人を押しつぶして死に追いやる。だからかなり慎重に方向、角度の確認をしていて安全第一にやる。力学の知識が問われる。
ザ・文系な私は毎回この力学の話を聞いたそばからすぐに忘れてしまう。
写真は切った木を集める場所土場(どば)だ。

今日の初体験⑩
知る人ぞ知る地元の祭りの練習に潜り込む。

行きつけの喫茶店のママSさんから「○○地区で数年ぶりに行われる踊りの練習があるから見に来ない?」と誘われる。その踊りは牛舞いと言う。○○地区は昔から風が強く地面が乾き、米が育たず困った事から雨乞いの踊りを毎年行っていたそうだ。
まるまる1頭分なめした牛の皮をかぶり、獅子舞のようにゆらゆら廻る。その後を三味線部隊、太鼓部隊、百姓部隊(木で作った鍬を持つ)が続く。見学のつもりで来たのに地元の方に輪に入りなよと誘われ、見よう見まねで体を動かす。百姓部隊は簡単な右、左に鍬を突き上げるような動きの繰り返し。単調ではあるが、ぐるぐる廻るうちに妙なグルーブが生まれて楽しくなる。周囲の方々もしゃべりながら踊りを楽しんでいる様子が伝わってくる。子どもも老人もニコニコしながら踊っている。

専門性の名の下に分断されて生きている私達。子どもは子どもの場所。老人は老人の場所。幅広い世代が混在する空間は今、そうない気がする。
祭りは、分けられた人々が出会い直す舞台だ。日常の愚痴を体で吐く場だ。準備を手伝ったり、単に遊んだり、幅広い世代に役割があるのも良い。

長くなったが要は「祭りっていいな」と思ったのである。○○地区の皆さんは他所の地区から来た私達を温かく受け入れてくれた。


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途中牛が疲れてへたり込み、医者(?)が励ましの言葉をかける小芝居もあった。


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帰りに飲み物を頂く。「本番も来て踊りなよ」と誘われたが丁重に断った。地元の方がやってこその価値があると思ったから。