ぐずにっき

生きづらさを減らすための脳内作戦会議&実践

我、思いすぎる故に我を見失う。「報告番外編」

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あっという間に前回の更新から二週間以上が経ってしまった。

このところ一週間に一回の更新スペースを保っていただけにますますハードルが上がってしまっている。こだまさんの「ここはおしまいの地」の絶妙な例えとか谷川俊太郎さんの引き締まった言葉とか吸収とか影響は受けているけれど消化ができずにもやもやと今に至る。うかうかしてたら、原稿を持ち込む予定だった雑誌が休刊になってしまった。まぁ縁がなかったのかもしれない。

 

ここは、おしまいの地

ここは、おしまいの地

 

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ただ、憂うだけなら誰でもできる。そんな言葉はありふれている。誰かのせいにして、自分のせいにして、怒って嘆いてもその先は行き止まり。その先だ。その先のビジョンだ、行動だ。その先の話がしたいのだ。言葉が欲しいのだ。その先に奮い立たせる力が欲しいのだ。

 

かっこよく言えば、事実が確率を裏切るまで拳で虚しさを突き破る事だ。

 

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しょっちゅう腹を立てている。怒りは自分に盛る毒なのに。毒にやられて寝込んだりする。口角が下がっている。不機嫌は周囲にいい影響を与えない。

 

人間の人生をつくっているものは何か知っているかな?

「言葉じゃよ」

「お前は弱い人間だ」と毎日何度も聞かされたら、それが事実でなくてもだんだんそういう人間になってしまう。人間は毎日聞いている言葉のとおりの人間になろうとするんじゃ。

 

喜多川泰 「心晴日和」より

 

なるだけ前向きな言葉を使うようにしている。自分に課している。でも、他人の不機嫌を許せるほどの心の余裕まではなくて、悪口ばかり言う人に出会うと

「文句を言うなら体動かして現状を少しでもマシにするように動いてみろよ」

「子どもじゃないんだからすねるなよ」

と苛立ってしまう。仕事だから逃げられなくてひきつり笑いでへらへらするしかないんだけど。じわじわ心が腐る。

その人にはその人なりにそうせざるを得ない事情があるんでしょうけど。お前の価値観押し付けんなよと言われそうですけど。

 

 

 

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いいねやリツイートはきっかけとしてはいいけど、大事なのは身の回りの生活レベルの変革だ。思うのとやるのではかなりの壁があるんだけど。生活ですり減って考える体力が残っていない現状も知りつつそう思う。情報は浴びつつけると、脳が麻痺して考えなくなるんだな。受け取るだけで手いっぱいになって、その先の行動までに至らなくなる。

 

一つ自分としては長年温めていた企画を実行すべく準備してる。私にできるこの生きづらい社会をマシにするための企画。一人で準備しているからなかなか形にならなくて苛立つのだが、

「歪なままでもできることはあるし、ささやかな積み重ねが人の助けになったりする」という事は肌感覚でわかるから自分を奮い立たせて外へ出る。

春はあまり好きではないが、この時期に外で食べるご飯は美味しい。

 

 

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根拠はなくても心の奥に自信を持つ。見えないように閉じ込めるのではく、たとえ小さな自信でもいつでもやれるぞ!って前に押し出してみる。そうすると誰かが共感してくれたりチャンスが巡ってきたりしてそこから応援してくれる人たちと一緒に育てていく。

 

雑誌のインタビューで香取慎吾君が言っていた。(SMAP世代の私は年上でもつい香取君と言ってしまう)ぬぁあああああああっと奇声を発し、布団から飛び出し深夜にガタガタキーボードを打つ。

 

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等身大の希望になりたい。何物も妨げない人になりたい。相手への敬意と尊重を忘れない風通しのいい場所になりたい。そんな場所を創りたい。

 

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細胞がそそりたつような刺激が欲しい。血が沸騰するような熱量が欲しい。痛み止めだけじゃ効かない。痛み止めに依存しながら生きのばすか、生身で玉砕か。そう簡単には選べず振り子のように揺れながら、日々がある。

 

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とりあえずオチもないけれど思った事を吐き出した。