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ぐずにっき

生きづらさを減らすための脳内作戦会議&実践

車はあくまでも快適に暮らす道具「報告20日目」

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初体験⑳車好きの祭りに行く

私の住む町は自動車メーカーHONDAの工場があり、HONDAのF1車やスポーツカー、バイクの展示など車好きにはたまらない祭がある。今までだったら興味がないので行かなかったが、ネタ探しに今年は行ってみる事にした。のんびりしてたら体験型コーナーは2時間待ちで、車好きや家族連れで賑わっていた。私にとって車は快適に暮らすための道具でしかないが、彼らにとっては日常をキラキラしたものに変える魔法が車なんだろう。

一番空いていた衝突安全システム体験コーナーに行く。話題のVRってやつで360度立体的な世界が広がる。これに触覚、嗅覚が加わればもう「ルサンチマン」の世界だ。モテない男がバーチャル恋愛にはまり、非現実が現実を浸食する話。バーチャルから出てこれなくなりそう。

csbs.shogakukan.co.jp



現実との落差に耐えきれなくなって、VRで楽しかった過去に浸って薬飲んで死ぬのが流行ったりして。VR自殺。またはVRで幸せ見せられて現実は地獄のような環境で働かされたり。似たような設定は映画「コングレス未来会議」で描かれている。そんなディストピアを想像してしまう。

映画『コングレス未来学会議』公式サイト


この祭りは1週間前。この時は桜はあまり咲いていなかった。ぽつぽつ。

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私は行列に並ぶのが嫌なので、圧倒的に待つ事の多いコーナー(人気はF1、スポーツカーの試乗&VR体験)は諦めて時々聞いてるラジオ番組「HONDAスマイルミッション」リポーターのルーシーさんと愛車プチェコを見て帰った。

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私は祭りは行くより作る方が楽しい。行くだけだと消費を楽しめる人じゃないと、奪われる感覚に陥ってしまう。疲れる。二人なら、好きな人となら楽しいのか?行った事がないからわからない。私は同じように並ぶ事が嫌いな人といつも自分達のテリトリーの中にしかいなかった。思えばそれが行き詰まりの原因だったのかもしれない。今度付き合う人は陽気なサバイバル能力のある人がいい。暗いのは私だけでいい。

疲れたので少し寝て図書館へ行く。
「ご自由にお持ち帰りください」のコーナーに深見東州の本があった。電車や新聞広告でいつも気になるこの人。藤岡弘、に負けない顔力。

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見えないもんはよくわからない。いないとは言えないけど。ぱらっと読んで恋したくはならなかった。作者より読者(深見さんのファン層)が気になる。

それって自分の言葉なの?「報告19日目」

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初体験⑲熊本高校生演劇祭に行く

芝居を何度かした事がある。舞台の上は照明で眩しく、頭も真っ白になりかける。だから頭より先に体が動くよう何度も練習が必要だ。ぱっと役に入り込める人は別だけど、大概の人は普段の自分を引きずってしまうはずだ。今年の熊本高校生演劇祭の舞台は、県立劇場の大ホール。大きな舞台だ。しかも審査員は第一線の演劇人(平田オリザなど)これは緊張するだろう。

高校生らしい学校生活を基にした作品が多かった中、「高校生らしい演劇ってなんだ?」とちょっと反抗的な作品があった。演劇祭が好きだからこその疑問や葛藤があったんだろう。最後に「俺たちは、自分達が楽しい演劇をやる!」とミュージカル風にまとめたのは「こういうのが好きなんでしょ?」って皮肉をこめてしたんだと思うけど、そのこじらせ方が10代っぽくて私は嫌悪感もありつつも、こんなイタい事をやりきった事を評価したいと思った。

バレンタインにチョコをもらえるかどうかやきもきする、とかそういう話は共感しやすいけど、記憶には残らない。だったら「我々は、楽しい演劇を追求する革命屋だ!」なんて今どき学生運動みたいにアジテーションする奴の方が鼻にはつくが、気になる。

審査員は、厳しかった。そりゃ第一線の方から見りゃ「何言ってんの?」みたいな話だろう。特にある審査員の「自分の言葉でしゃべっているのか気になった。誰かの言葉をなぞってる感じ。どの作品もそれなりに形にはなってるけど、自分の実感を持った言葉じゃないと次のレベルに進めない」というコメントが気になった。他人に影響されやすい10代が自分の言葉を発明したら無敵だ。難しい事だ。

30代になったら自分の言葉が見つかるか?答えは否だ。だからこのコメントが自分の事を言われているようで引っかかったのだ。昨日も書いたが、「腑に落ちる言葉」を探している。もっと作品を書いて、練って、体から出る言葉を探せ。そう叱咤多めの激励をもらった気分だった。いつ終わるかわからぬ壮大な宿題だ。

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公共施設のレストランのメニューは古くて面白い。お子様セットが大人並みにボリュームがあり安い。お子様セットで十分だ。

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パンの自販機。イタリア生まれのパンって書いてある。ホント?

ずーんと重いものを感じながら夕方の渋滞の間、「自分の言葉」について言語化できないか、もわもわした感情を捕まえに行ったがすぐに消えてまた立ち尽くしてしまった。

sweet soul music「報告18日目」

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前日まではこんなにいい天気だったのに。

このところ、天気の良い日の次の日は曇りのパターンが多い。前日のウキウキ(例えるならドリカムのうれしい!たのしい!大好き!みたいな)は遠い昔のように体が重く、靄の中にいるように身動きがとれない。何度目かの睡眠で悪夢にうなされ、夢から追い出された後、ぼんやりとあてもなくドライブすると、ラジオから気分にぴったりな音楽が流れてくる。

甲州街道はもう秋なのさ - YouTube

今は春だけど。闇夜を清志郎さんの声がライトのように先を照らしてくれる。この曲で悲しみのどん底に落とされた後、次の曲が「スローバラード」だもんなぁ。(アルバム、シングルマンの話)完璧。

初体験に挑戦したが、形にならなかった。
まずは、携帯電話料金の節約。大手キャリアから小さい通信会社に変え、安くしようと試みたものの、自分の下調べが甘かったようで「今と値段は大して変わらないですよ」と言いくるめられてしまった。窓口に到着するまで時間がかかっただけにがっくり。あとはオプション(修理保証をつけるか、留守番電話サービスを止めるかなど)で節約するしかないのか。帰ってふて寝。

これじゃいかんと、たいていこんな時はTSUTAYAへ。
今まで長いからと避けていたゴッドファーザーを借りる。1は観られたが、2から途中で飽きてしまった。仁義なき戦いを観ても思ったが、こういう抗争ものというのは勢力図が頭に入ってないとストーリーについていけない。登場人物も多いし、この人は敵だっけ?味方だっけ?といちいち確認してたらただでさえ3時間ある内容に4時間くらい費やしてしまう。疲れる。

うーん、ぱっとしない・・・。達成感がない・・・。かといって書かないとほぼ毎日書くことにはならないし。

書くこと。続けること。文章を読むのと書くのは全然違う。いかに自分が言葉を雑に使っているか突きつけられる。それらしい言葉、雰囲気でごまかす。これくらいなら批判は来ないだろうとか逃げに入ってしまう。毎日書いていると自分の中身のなさがあっという間にわかる。引き出しがない。
大抵の人は、できない、ないよと匙を投げる。しかし、本当にないのか?と机を動かしたり本やら書類やら積もり積もった山を掃除したら、もしかしたら忘れていた思い出が掘り起こされるかもしれない。そこまでできるのがプロの物書きなんだと思う。みすぼらしくても必ず結果は出す。

私の目標として「腑に落ちる言葉を持つ」がある。ふわふわした何かに寄りかかった言葉ではなく、私の実感から出た、肉体から染み出るような、地に足のついた言葉で話したい。私を表現したい。そして肯定されたい。それができたらこの上ない喜びだと思う。

愚痴っぽくなってしまった。夜中に文章を書くと大抵こうなってしまう。もう寝よう。

今日のBGM Dead Man - Guitar Solo 5 (Full Version)

youtu.be

昔、職場の先輩数人と夜の海に行った。ある先輩がこの曲をラジカセから流した。闇とギターと海と。自分の境界線がなくなっていくようだった。皆黙ってただ音の波に浮かんでいた。その光景は今でも思い出す。

せりと散歩「報告17日目」

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初体験⑰牛のせりを見る(ネット中継で)

牛が棒の周りをぐるぐる周り、ピーッと音が鳴ると去っていく。その繰り返しを見ていた。

私の住む町には牛を売る市場があるらしく、せりはインターネット中継もしていると人づてに聞いた。魚のせりはイメージできるが、牛はどうなのか。ネットで調べるとスケジュール欄に、今日は肉牛とか乳牛とか書いてある。とりあえず見てみた。時間は2時間。威勢のいい声が飛び交い、テンポ良く牛が売られていくのか。

静かだった。牛がぐるぐるまわる間、希望の落札価格の集計が始まり、決まるとピーッと音が鳴り、牛は去り、またやって来る。静かだがそこには様々な思惑が交錯する空気の重みを感じた。

値段の差はどのあたりなのかなど解説があれば楽しめたのかもしれないが、淡々とした流れに20分で飽きてしまった。

昼間、近所の運動公園を歩く。

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無職は時間に追われないから、じっくり草花を眺める事ができるのが嬉しい。
木蓮は、天に向かってぱあっと手放す様なほころびがあり

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ひょっこりぽつぽつ鮮やかな黄色が現れ

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「ほらほら春はいつの間にか終わっちゃうぜ」と全力で咲いている。

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小さいボンボンはとげとげしてるけど可愛らしかった。

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天気が良いとアスファルトの模様も可愛く見える。
いつもより長く歩いた。

散歩の写真を撮っていると、「今ちゃんぽ」みたいにかわいく撮れたらなと思う。
今ちゃんとお父さんの何気ない日常の記録。ほっこりする。

今ちゃんぽ

雅楽を聴く「報告16日目」

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ジェラートの専門店に行った。運営は障害者施設で、有名なフードコーディネーター、デザイナーの監修の元、昨年オープンし、メディアで何回も紹介されている。お洒落な空間、お洒落なメニュー。確かに美味しい。工房で作っている利用者さんの絵を基にしたカラフルなタイツやレギンスなども販売している。可愛い。

お洒落、可愛い、美味しい。
しかしなんだか物足りない。

人が見えないのだ。
障害当事者が前に出ていない。

美味しい、お洒落なお店ならいくらでもある。お店にまた通いたくなるかは結局人だ。そこで働く人々の人柄がお客さんにとって魅力的か。

ただの飲食店なら言うことはないが、障害者施設が健常者のルールで、普通の飲食店を目指す事に私は限界を感じる。稼ぎたい、一般企業での就労を目指したいなら別だが、まずは障害者が健常者の日常の中でその人のペースで、生き、存在する事(平たく言うと社会参加)から始めないと障害者、健常者の見えない壁は段々厚くなるばかりだと思う。

この店が美味しさをもう少し落として営業日を少なくしてもいいからもっと人のいる町中にあったらいいと思う。日常の買い物の選択肢に入るには通いやすさは大事だ。(この店は車じゃないと行けない場所にあった)

偉そうに書いたが、それは私が8年半障害者施設で働いてきたから思う事だ。私が以前働いていた団体には駅前にリサイクルショップがあり、地域の人も入りやすいようにするため何かと工夫した。上手くいかない事が多かった。ダサかった。お洒落じゃなかった。

この店はお洒落で、福祉と関わりのない人も入りやすい。そして美味しい。そこをクリアするだけでも大変なのはわかる。金もかかっているだろう。

ここからだと思う。これから、作っている利用者さん達の個性をどうアピールするか。人を見せていくか。人はお店の顔なんだから。

ああ、偉そうだ。好きだからあれこれ言いたくなる。他人事じゃないから気になる。本当自分事。明日は我が身。今の世に生まれたら私は発達障害だと言われただろうと思う。いや、今でもそうかな。診断受けないけど。配慮の名の下、壁ができてしまいそうで。(病名がつく事で楽になる人もいるのであくまで私の意見です。)


今日の初体験⑯雅楽を聞く。

役場に雅楽演奏会のポスターが貼ってあった。なんと元宮内庁の楽団長が3人も来るという。しかも無料。これは行かねばと会場の益城文化会館へ向かった。

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益城文化会館はぱっと見綺麗だが、裏に回るとまだブルーシートが張られ、地面の隆起が大きい。

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文化会館の中は綺麗だった。式は第一部が復興祈願祭.
神事が、始まった。

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御祓い→神様を招く→お供え物を奉る→祝詞(復興の願いを神様に伝える)→舞を奉る→代表者のお参り→お供え物を撤収→神様に戻ってもらう

という流れ。一つ一つ、立って礼をしてでバタバタした。祝詞は念仏より、現代の言葉が所々入っていて聞きやすかった。

第二部が、雅楽演奏会。演目のうち、越殿楽(えてんらく)はなんとなく聞いた事があった。正月に神社で流れていたような気がする。面白かったのは元宮内庁の方々との対談コーナー。雅楽を演奏する方を楽師(がくし)と呼び、代々薬師は世襲制。これにより、平安時代から形を変えずに雅楽のクオリティが維持されてきた。そして楽師は海外からのお客様が来た際には西洋楽器での演奏もするのだという。知らない事が多い。楽器の手入れ、着物の管理なども行うそうだ。伝統を守るって大変だ。全く憧れないなぁ。不器用とか言ってられないわけで。

対談の後は舞楽。舞いだ。ベトナム、中国、韓国が、ミックスしたような感じ。衣装は派手だが、動きは小さい。細かい手先、足の動きが続く。思っていたよりは地味だった。

あっという間の3時間。イマイチ良さがわからなかったが、日本文化の勉強になった。自分たちの文化って意外に知らないよなぁ。特に日本はいいとこどりのなんちゃって信仰が多いし。仏教神道キリスト教もごちゃまぜ。最近、スーパーでイースターに合わせたお菓子が売っていたがあれもそのうちハロウィンみたいに浸透するのか?微妙。

追記
昨日加川良さんの事を書いたら、今日加川さんが白血病で亡くなられたのを知った。ご冥福をお祈りします。

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今の時代に「教訓」は切実に聞こえる。逃げるが勝ちだ。まぁ色々と障害物だらけだけどね。

イーニドは私だ「報告15日目」

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かっこいいのかなぁ。

初体験⑮役場の非常勤職員に応募してみる。

お世話になっている方に「向いていると思うよ」と言われた仕事の面接に行った。

担当部署の方はおらず、人事や総務等の担当課長三人の質問に答え、5分で終了。仕事内容についての話はほとんどなく、町の魅力は何かとか、あなたは町の繁栄の為に何をしてくれるのか、という質問が多く、私は閉鎖的だから開かれた場にした方がいいと答えた。正直すぎたのか、二日後に不採用通知が来る。元々仕事内容が自分には合わない気がして、受かったら辞退しようと思っていた矢先だったので、ある種以心伝心だったわけだ。

夜は映画を観る。今回は「ゴーストワールド」。昔銀杏BOYZのミネタさんが雑誌Cutでおすすめしていた一本。主人公のイーニドは生意気だし、可愛くもないし、素直じゃないし、でも目が離せないのはまるで自分を見ているようだから。

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この映画は私にとって痛い映画だ。特に親友のレベッカと心が離れていく流れはほぼ同じ経験をしているので昔を思い出して今でも胸に痛みが走る。

物理的にも心理的にも距離ができた二人の仲を修復しようと彼女に想いを込めた誕生日プレゼントを贈った。
数ヶ月後、携帯の留守電には
かつてのように名前ではなく、名字しかも「さん」付けで私を呼び、「あなたとは友達ではない。こんなもの贈られても困る。もう連絡しないで欲しい」とメッセージが残されていた。

それ以来もう15年近く彼女とは音信不通だ。親友だと思っていた人に友達ですらないと言われて私はとても悲しかった。それ以来、私には親友と呼べる人はいない。私が彼女に酷い事をして傷つけたのだろう。だから私はその言葉を受け止め、何も言わず連絡を絶った。彼女も私も自分を守る事で精一杯だったんだと思う。彼女を憎んではいない。

それから友情も恋愛も深く付き合うほどにうまくいかずに一人でいる。恐れもある。また失って、自分の未熟さを思い知らされるのかと思うと関わりが薄くなる。でも「このまま一人で死んでもいいわ、孤独を愛しているから」とも言えず、びびりながらも今日も一日一回は外へ出る。

今日のBGM 加川良 「精一杯」

【精一杯】 加川良 - YouTube

加川さんのアルバム「やぁ」のジャケット好き。

べき べからず べきでない「報告14日目」

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初体験⑭携帯も本もない環境で1週間過ごす

3/18~3/23まで三重県にいた。1週間携帯も本もテレビも新聞も時計も財布もなく数人と生活を共にした。外界の雑念、情報から離れ、自分の内面に向き合う1週間。禁断症状はなく、夜も眠れたのが意外だった。惰性だったんだな。こんな特殊な空間に来る人達だから、今の社会への生きづらさを感じ何とかしたいと切実に思っている人が多い。話も早い。

「ぐずにさんってあっち系の人(スピリチュアル、精神世界系)なのね~」と若干ひいたり、警戒されるかもしれませんが、それは半分当たって半分間違いです。惹かれてもいるし、疑いの批判精神(野次馬的好奇心)もあります。どっぷりではありません。選択肢の一つです。

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精神世界系のセミナーというと、先生がいて生徒がいるイメージだが、今回はわかりやすく言うと禅問答だった。問いがあるだけ。答えは自分で見つける。気づく。一つの問いかけに対して答えは多様で、一つの事柄に対する解釈が各々違う。いかに思い込みや常識と呼ばれるものに縛られているか気づく。「~すべき」という責め。「~すべきでない」という罰則。「~すべきでない」という空気を読む事。毎日「べき」だらけ。

果たして本当にそうなのか?と立ち止まらないと自分の感情はいつも置いてけぼりになってしまう。立ち止まるには「べき」がない環境が必要だ。べきを押し付けない、押し付けられない環境。そんな環境を三重県に見つけた。しかしまだ知名度もないし、胡散臭いとか金を騙し取られるのではという不安もなきにしもあらずで今後数回足を運び、三重に移住するか決めるつもりだ。

本当は熊本でそんな「べき」のない優しい社会があればそれに越した事はないのだが、やりたい事(理想)と稼ぐ事(現実)のバランスがとれる所はなかなかない。

三重は今まで見た中では一番関わりやすそうで、持続可能に見えた。敷居は低いけど、社会活動系にありがちな自己犠牲が少ないように感じた。うまくビジネスとして運営しているからだろう。お金との付き合い方がうまい。

往復夜行バスで帰る予定だったが電車を乗り間違え、バスに乗れず、深夜三ノ宮で宿を慌てて探す。平日だったのでネットカフェが空いていて、足を伸ばして仮眠できたのは救いだった。

ネットカフェはエッチな動画が見放題で、せっかくだからちらっと見てみるかとクリックすると、膨大な動画があり、性欲の底知れなさを感じる。ざざっと見た中で「60代還暦女性の~」というタイトルを見つけ、どんなもんかと観てみたが、年齢に逆行する若作り感や媚び感が鼻につきすぐに観るのをやめた。男性はこういう感じを求めているのかぁと他のタイトルを観察。こんなに可愛いのにこんなに大変な仕事をして凄いなぁ。こんな薄い板に囲まれた狭い空間でムラムラの処理に集中できるのかしら、なんて周囲の男達に想いを馳せてたら寝落ちした。
四時間後に新神戸から熊本へ帰った。

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電車の中で交わされる生きた関西弁をBGMに中島らもを読むとより文章の言葉が活きて頭に入ってくる。